『一粒のぶどう』
一歳の時から入退院を繰り返して、
五歳になった不治の病の女の子がいました。
様々な治療の甲斐も無く、
ついにターミナルケアに入りました。
もはや施す術も無く、安らかに死を迎えさせる終末看護。
冬になり、お医者さんがお父さんに言いました。
「もう、何でも好きな食べ物を食べさせてあげてください」
お父さんはその子に、何が食べたいか聞きました。
「お父さん、ぶどうが食べたいよ。」と、
女の子が小さな声で言いました。
季節は冬、ぶどうはなかなか売っていません。
でも、この子の最後の望みを叶えてやりたい。
死を目前に控えたささやかな望みを、
なんとか、なんとか叶えてやりたい。
お父さんは東京中のお店を探しました。
思いつく限りの店、あのお店ものお店も..
足を棒にして、探し回りました。
でも、どこのフルーツ売場にも置いていません。
最後に、あるデパートのフルーツ売場を訪ねました。
「あの・・・・ぶどうは置いていませんか?」
祈る気持ちで尋ねました。
「はい、ございます」
信じられない思いで、その人の後について行きました。
「こちらです。」
案内されたその売場には、きれいに箱詰めされた、
立派な巨峰がありました。
しかし、お父さんは立ちすくんでしまいました。
なぜならその箱には三万円という値札が付いていました。
入退院の繰り返しで、そんなお金はもうありません。
悩みに悩んだ末、
必死の思いでお父さんはその係の人に頼みました。
「一粒でもいい、二粒でもいい、
分けてもらうわけにはいきませんか?」
事情を聞いた店員は、黙ってその巨峰を箱から取り出し、
数粒のぶどうをもぎ、小さな箱に入れ、
きれいに包装して差し出しました。
「どうぞ、二千円でございます。」
震える手でそのぶどうを受け取ったお父さんは、
病院へ飛んで帰りました。
「ほら、おまえの食べたかったぶどうだよ。」
女の子は、痩せた手で一粒のぶどうを口に入れました。
「お父さん、おいしいねえ。ほんとうにおいしいよ。」
・・・そして間もなく、静かに息を引き取りました。